≪ポートレート≫

 

 暖炉の中ではパチパチと槙が爆ぜている。

 足を捻挫して滑りに行けなくなった俺に付き合ってばかりいるのは悪いと、和希をゲレンデに送り出すと、書斎にあった本を適当に持ち出して、俺は一人暖炉の前に陣取った。
持ってきた本を開いて最初の数ページを捲ってみたが、今ひとつ先に読み進む気分にはなれなかった。和希を送り出してはみたものの、すぐに一人で居る事に退屈してしまったのだ。
 以前は一人で過ごすのも何でもなかったのに、和希と一緒にいるようになってから、自分でも情けなくなるほど我慢が効かなくなっていた。
女の子じゃあるまいし、ちょっと恋人が側に居ないだけで寂しくなるなんて、女々しいとも思うんだけど。
 こうやって一人にされると、普段どれだけ和希が俺を構っているかに気づく。
あまりにタイミングが良すぎて、和希が意識的にそうしていると気づけない程だ。いつでも俺の気持ちの先を読んで、俺のやりたい事、行きたい方向に導いてくれる。
恋人としてこれほどに優秀な相手は居ないと思うけど、同じ男としては少しばかりシャクだ。
だから時折、我が儘を言って困らせてみたくなるんだよな。

 和希が帰ってくるまで、まだしばらく有るだろう。
ボーッとしてるのも勿体無いと、俺は気を取り直して再び本を開いた。

 一冊目は考古学の本で、遺跡発掘なら面白そうだと思って持ってきたんだけど、中身は非常に地味な学術書で俺には難しすぎたようだ。
最初の数十ページを読んだところで飽きてしまったので、気分を変えて次の本を手に取った。
それは英語で書かれた本だった。
俺の英語力では何について書かれた本なのかは判らなかったが、少し古びた本で何度も読み込まれた形跡があった。
 本の側面を見ると特に汚れが酷い部分があったので、一体何が書かれているのか気になって開いてみた。
 パラパラとページを捲っていくと数ページ目に写真が裏向きに挟まれていることに気が付いた。
写真を裏返してみて俺はビックリしてしまった。
黄ばんだフレームの中には、幼い頃の俺の姿が写っていた。
大輪の向日葵をバックに麦藁帽子を被った俺が誰かに肩を抱かれるようにして笑っている。
この背景には覚えがある。小さい頃、よく遊びにいったおじいちゃんの家だ。
俺と一緒にいる人物の顔は写っていなかったが、多分和希なんだろう。
 あの頃の写真は俺の手元には一枚も残っていなかったから、写真なんてないと思っていたけど、こんなところに残ってたんだな。
こうして写真を手にしていると、あの頃の記憶が鮮やかに蘇って来るようで、俺は懐かしさに胸を躍らせていた。
 どうしてこの写真がココにあるのかは判らないけれど、多分和希が大事に持っていたのだろうという事は判る。この写真を見るために何度もページを開いたのだろう。それでこのページの辺りだけが他よりも汚れているのだろうから。
俺が忘れてしまっている間にも、和希が俺のことを思っていてくれた事が嬉しいのと同時に申し訳なくて、俺はもう一度その写真をページの間に挟みなおすとパタンと本を閉じた。

 気が付くと、いつの間に帰ってきたのか、ドアのところに和希が立っていた。
悪気が有った訳ではないけれど、本人の居ない間に秘密を覗き見てしまったみたいでバツが悪い気がして、慌てて手にした本をクッションの下に隠した。
だが、こういう行動は得てして目を引いてしまうもので、案の定和希に見つかってしまった。
 脱いだ上着をソファの端に放り投げると、和希は俺が隠した本を取り上げた。
取り戻そうと伸ばした俺の手から遠ざけるように高い位置まで持ち上げた拍子に、挟んであった写真がハラリと床に舞い落ちた。
足元に落ちた写真を手にして和希が目を丸くする。

「どこで見つけたんだよコレ?」
どうやら和希もどこに仕舞っていたのか忘れていたらしい。
写真に目をやって、懐かしそうに目を眇める。その表情で、和希がどれだけそれを大切にしていたかが判る。
「これ、大事にしてくれてたんだ。」
和希は俺の言葉に頷いて、床に並べたクッションの上に座った俺を、後ろから抱きしめるようにして座り込んだ。
「ずっと、どこに仕舞ったか判らなくなってたんだ。こんなトコにあったんだな。」
和希がしゃべると息が耳に当たって、ちょっとくすぐったい。
「これ何の本なんだ?」
「経営学の本だよ。俺が師事してた教授のお薦めの本でさ、判らなくなると良く読み返してた。」
「ふーん。ホントは本じゃなくて、この写真を見てたんじゃないのか?」
「!」
図星だったのか、一瞬和希が言葉に詰った。

「別にいいだろう?知らない国で一人きりで頑張ってたんだぞ。心の支えがあったって良いじゃないか。
この写真の中のお前の笑顔だけが俺の支えだったのに、啓太はすっかり俺のことなんて忘れちゃってたんだもんなぁ?
ヒドイよなぁ?」
逆襲とばかりに、和希が俺の気にしてる事を突っ込む。
そりゃ、ついこの間まで、すっかり忘れてたけどさ。子供のすることなんだし、いちいち突っ込むなよ。
俺だって悪かったとは思ってるんだから・・・・。

 むくれる俺の機嫌を取るように、和希のキスが頬や項に降りそそぐ。
そんな風にされたら、おかしくなっちゃうじゃないか。
まだ足だって治ってないのに・・・無茶出来ないんだぞっ。
 折角二人きりで居るのに、三日前に足を挫いてからずっとお預けを食わせてる状態だから、俺も和希もそろそろ限界が近づいてきている。
ここで盛り上がちゃったら、絶対途中でなんか止められない。
俺は慌てて和希にブレーキをかけた。
「ちょっ、和希。俺っ、まだ足痛いからっ。」
「わかってるって。今はしない。」
そうは言っても、キスを止めてくれる訳でもなく、これ以上続けられたら絶対にヤバイと思った俺が身を硬くすると、和希は大げさにため息をついて・・・子供にするみたいに俺をぎゅっと抱きしめてくれた。

 

 抱きしめたまま、子供をあやすみたいにポンポンと叩いてやっていたら、いつの間にか眠ったようだ。
 さっきはあんまり嫌がるので、仕方なく諦めたけれど本当は結構辛かったのだ。
外には雪が積もっていて、恋人と暖炉の前で二人きり。こんなにロマンチックなシチュエーションなのに、お預けはちょっとヒドイよな?
別にちょっと足が不自由なくらいどうとでもなるんだけど、あんまり苛めてホントに泣かれるのも辛いし。
 こうやって眠っている顔をみると、昔の面影も沢山残っていて、やっぱりまだ少し子供ぽい。
啓太があまりに気持ち良さそうに眠っているものだから、見ている俺まで眠りに引き込まれそうだ。暖炉で焔が爆ぜる音すらも、子守唄のように聞こえる。
 幸い夕食の時間まではまだ時間があるし、一緒に昼寝をするのも悪くないかも知れない。
そう思って俺は、啓太を抱きしめたまま静かに目を閉じた。

あとには、暖炉の焔だけが眠りについた二人の横顔を照らしていた。

 

Fin.

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Dec.4 えぞももんがぁ

雪、ロッジ、 暖炉・・・でもって二人きり。
ロマンチックやねぇ。でも、ウチの啓太はお子ちゃまなのでキス止まりです(笑)
今回も超お子様コース!でもラブラブだから許してやってください。

 

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