≪嘘つきな恋人≫

 

 

「え?」
「?」

突然の俺の問にその部屋にいた二人が不思議そうな顔で振り向いた。
ここは会計部の部屋だ。
部屋の中ではいつも通り、西園寺さんと七条さんが日々の業務をこなしていた。

「あの、だから・・・・。西園寺さん、七条さん、和希を見かけませんでしたか?」
「遠藤君ですか?今日は見かけてませんが、彼がどうかしたのですか?」
「いえ、あの、その・・・。一昨日からずっと和希の姿が見えないので、心配になって探してるんです。もしかして、お二人ならご存知かと思って。」
「いえ、見かけていませんよ。それに彼の事なら伊藤君が一番詳しいでしょう?」
七条さんがにっこりと笑って俺に問い掛ける。
そりゃ、和希と俺は特別・・・な関係だけど・・・。改めて問い掛けられて、そんな事をしている場合じゃないのに頬を赤らめてしまう。
そんな俺を見て七條さんが困ったような顔をした。
「郁は何か遠藤君から聞いてますか?」
「いや、私も知らないな。第一私達も遠藤の部下ではないからな、奴も何かするのに逐一我々に報告してなど行かないからな。」
七條さんが入れたのであろう紅茶のカップを片手に、ソファで寛ぎながら女王様がそう言った。
確かにそうだ。用事でどこかに行くのに和希がいちいち女王様達に報告していく必要なんてないんだ。 でも、今までのいきさつもあったから、もしかして二人なら何か知ってるかも知れないと思ったんだけど。
唇を噛んで立ち尽くす俺に七條さんだけでなく、女王様も困ったような顔をした。
「伊藤君。何があったか知りませんが、とりあえず座りませんか?暖かいお茶でも飲みながらお話を伺いましょう。」
ドアの前で立ち尽くす俺の方を抱いて、七條さんが俺をソファに座らせてくれた。
俯いて座る俺の前に『どうぞ。』と言って、七條さんが湯気の立ち上るティーカップを置いてくれた。
七条さんが入れてくれたアップルティーはほんの少し甘くて、やけどをしないように注意しながら一口啜ると俺の気持ちを落ち着けてくれた。
「それで、一体何があったんだ?遠藤が啓太に何も言わずに居なくなるなんて珍しいな。喧嘩でもしたのか?」
「喧嘩なんて・・・。」
女王様の言葉に否定はしてみたものの、やっぱり喧嘩には違いなかった。
「それで、遠藤君は何時から居ないんですか?」
「一昨日の朝からです。その前の晩には何も言ってなかったのに、朝部屋にも迎えに来なかったし、先に学園に行っても結局授業にも来なくて、寮に帰って探してみても部屋には鍵が掛かっていてどこにも姿が見えなかったんです。」
「一昨日のその前の晩には何か兆候はなかったんですか?」
七條さんの問に正直に話すべきか迷った挙句、結局俺はことの経緯を(もちろん知られてはマズイ部分だけは、適当に掻い摘んで)最初から話すことに決めたのだった。
「実は・・・。」
話の大筋はこうだった。

 

その日も夕食を終えて部屋に戻った二人は、普段通りに他愛のない話をしていたのだった。
話が週末の話になった時の事だ。以前から今度の週末は一緒に出掛けようという約束になっていたのだが、突然和希がどうしても外せない用事が出来てしまったと言い出したのだ。
自分とは違って忙しい和希のこと。急ぎの仕事が入って予定をキャンセルされることなど、今までにも何度かあったので仕方のないことなのだが、その日の啓太はどういう訳か虫の居所が悪かったらしく、何時になく和希に厭味を言ってしまったのだ。
多分用事があると言い出した時の、和希の歯切れの悪さが引っかかったのだろう。
仕事なら仕事だってちゃんと言えばいい。それなのに和希は『大事な用事だ。』としか言わなかったのだ。
啓太が突っかかるように『俺よりも大事な用事って一体何だ?』なんて言いだしたもんだから、和希もカチンときたらしく口論にまで発展してしまったのだ。
挙句に和希が、仕事上付き合いのある人からの紹介で、どうしても断れずに見合いすることになったのだと言い出して、話は収まりがつかなくなって『そんなに我が儘言うなら勝手にしろ』と和希が自分の部屋に帰ってしまったのだ。
大体自分という恋人が居ながら見合いをするなんて一体何を考えているのかと、その時は怒りまくっていた啓太だが、翌日になって和希の姿が見えなくなると言い過ぎた事に気が付いて、急に不安になってきたのだ。
だって、いくら好きあっているとはいえ男同士の恋愛なんて世間が認めるはずもないし、和希だってそろそろそんな話が出てきても良い頃だ。
それに和希も『どうしても断れなかったので仕方ないから見合いだけはして、義理を果たしたら断るつもりだから。』と言っていたのに。

 

「・・、という訳なんです。」
「何だ、やっぱり痴話げんかか。」
臆面もなく女王様に言われて顔が火を噴いた。
確かに痴話げんかとも言えるんだけど・・・。
恋人うんぬんていう部分は口に出さなかったのに、やっぱり判ってしまったのだろうか?
俺って顔に出易いのかなぁ?
話し終えて少し気持ちが落ち着いたのか、さっきよりは冷静に物事を考えられるようになっていた。
残念ながら女王様も七条さんも和希のことは何も知らなかったけれど・・・。
とにかく和希が帰ってきたら、我が儘言ってごめんなさい、と素直に謝ろう。

「遠藤のことだ、急に仕事でも入ったんだろう。たまたまタイミング悪く、その事をお前に伝え損ねただけじゃないのか?気にするな。今夜辺りにでもひょっこり帰ってくるんじゃないか?」
女王様の言葉にも今なら素直に頷ける。
「そうですね。西園寺さんの言う通りですよね。恥かしいトコみせちゃってすいません。」
「いや、面白いものが見れて、それはそれで楽しかったぞ。」
優しそうな外見に反して、女王様は結構意地が悪い。思わず言葉に詰ってしまった俺に七條さんが優しく声を掛けてくれた。
「大丈夫。伊藤君の気持ちは彼にも伝わると思いますよ。心配しないで、遠藤君が帰ってきたら話し合ってごらんなさい。」
「はい、そうします。」
俺はにこやかに七条さんの言葉に頷いた。
「それにしても遠藤君は果報者ですね。こんな風に伊藤君に思われて。」
七條さんがしれっと言った言葉に、俺は飲みかけていた二杯目の紅茶を噴出しそうになった。
素直にフォローだけで終わらないのが、七条さんというか何と言うか。
さすが、あの中嶋さんと張り合うだけのことはある・・・。
「それじゃ、俺失礼しますっ。」
そうして、これ以上妙な突っ込みを入れられる前に退散すべく、俺は慌てて会計部の部屋を後にしたのだった。

 

ベランダの扉が開いて、若い男が部屋に滑り込んできた。
明るめの茶色い髪と優しそうな顔立ち。
先ほどまで啓太が必至になって探していた男がそこに立っていた。
「寒かったですよ。まったく、風邪を引くかと思いましたよ。」
「何、頭が冷えて良かっただろう?」
西園寺が和希の突っ込みにもサラリと言葉を返す。
「ひどいなぁ。俺が本当に風邪を引いて、啓太と会うのがもっと遅くなったらどうしてくれるんです?」
そんなこと知ったことかと、西園寺が冷たくあしらう。
そうなのだ。
先ほど啓太がこの部屋に飛び込んでくる前に、和希はこの部屋で西園寺たちと話しをしていたのだった。
緊急の仕事の為に急いで学園を飛び出した和希は、仕事が一段落付いた時に啓太に何も言ってこなかった事に気付いた。
しかし前日に啓太と口論していた経緯も有り、啓太の頭を冷やすためにも敢えて連絡を取らなかったのだ。二〜三日冷却期間を置けば元々頭のいい啓太のことだ、自分の立場も理解してくれるだろうと思ってのことだった。それがこんなに啓太が慌てているとは・・・。
今にも泣き出しそうな啓太を見て、可哀相な事をしてしまったと思う反面、それ程までに自分の存在が啓太にとって不可欠なのだと確認出来て我知らず笑みが零れてしまう。
啓太がどう思っていようと、今更手放してやるつもりなどなかった。
だから見合い話も啓太のために無理をして断ってきたのだ。最初は話を持ってきた人の顔を立てる為に、相手の女性に逢うだけあってから理由をつけて断ろうと思っていたのだ。
だが、見合いの話を口にした途端に真っ青になって怒る啓太の様子を見て、これ以上啓太を悲しませないために先方に逢う前に断って来たのだ。

「それにしても、高校生相手に大人気がなさ過ぎるぞ。可哀相に啓太は半泣きだったぞ。」
「そうですね。」
「どうせ泣き顔も可愛いなどと、下らん事を考えていたんだろうが。」
「!」
図星だった。誰からも傷つけられないように守ってやりたいと思う反面、好きな相手を泣かせたいと思うのは男としてのサガかも知れない。
「まぁ、啓太にはいいお灸になったでしょうし、今回の事で啓太にとって俺の存在がどれだけ大切なものなのか判ったからいいんですよ。」
「普段は爽やかそうな顔をしているが、意外に性格の悪い奴だったんだな。」
「俺は大人ですからね。ズルくないとやっていけないんですよ。」
「それで啓太みたいな子供を泣かしてるのか?自慢にならないだろうが。」

確かに社会人として仕事をしていくからには、奇麗事ばかり言っていられない。特に和希のように人の上に立つ立場の人間には、厳しい決断を迫られる事も多いのだ。感情的には相手に同情しても、キッパリと切り捨てなければならない時もある。が、それとこれはやっぱり別だろう。
年上なんだから大人としての余裕で包み込んでやりたいと思っても、いざとなると理性なんてどこかへ綺麗サッパリ飛んでしまって、自分も啓太と同じレベルであたふたしているのだ。
実際啓太を振り回しているのは和希の方が多いかも知れない。
まぁ、啓太も俺に振り回されるなら本望だよな?

これからどうやって啓太を泣かせてみようか?などと、和希が不謹慎な事を考えていた時だった。
西園寺が思わせ振りな笑みを浮かべて。
「あんまり大人気ない事をして啓太を泣かせるようなら、私が貰い受けるぞ。」
などと言ったのだ。
啓太が自分から進んで浮気をするとは思えなかったが、西園寺が本気を出して誘惑すれば赤子の手を捻るように簡単に落ちてしまいそうだ。
実際今の西園寺にはそうした一種の色気のようなものが感じられた。
もっともその場合、食われてしまうのは西園寺ではなくて啓太のほうだろうが。
「妙なことを言いますね。啓太が俺のものだってコトくらい、西園寺さんも良く知ってると思いましたけど?」
「知っているさ。だが私が誰を好きになるかは私自身の自由だろう?啓太のことは気に入っているからな。
何時までもこの調子で啓太を泣かせるのなら、私にも考えがあると言っているのだ。」
つまりはあまり啓太を泣かせるなという事だ。
「ご忠告をどうも。肝に銘じて置きますよ。」
『では、』と言って和希が部屋を出て行った。
後残った七条が不思議そうに西園寺に問い掛ける。
「郁、本気ですか?」
「まさか。馬に蹴られて死にたくはないからな。余りにも啓太が必死だったから可哀相になってな。」
「伊藤君は素直で可愛いですからね。今回みたいにあまり不安にさせてると、良からぬ事を考える連中も出てきそうですしね。」
そんな事を言いながら、七条の顔が何か苦いものを噛み潰したようにしかめられる。
『それはお前の苦手なあの男のことか?』と聞いてみたい気もしたが、自分に従順な幼馴染の機嫌を損ねることもないかと、あえて見なかった振りをした。
「臣、もう一杯お茶を入れてくれないか?」
「はい。郁。」
こうして会計部はいつもの日常を取り戻したのだった。

 

 

会計部を後にして部屋に戻った啓太だったが、まだ不安は拭いきれなかった。
女王様や七条さんは大丈夫だと言ってくれたけれど、もし和希が許してくれなかったら?
考えれば考えるほど気持ちは沈んでいくばかりだ。
食事を取る気にもなれなくて、ベッドの上で考え込んでいるうちに眠ってしまっていたらしい。
このままでは風邪を引くと思って身体を起こそうと思ったが、身体の半分が妙にほんわかと暖かかった。
私服に着替えたままベッドの上に横たわっていたハズなのに、いつの間にか身体の上には毛布が掛けられていた。そして何より・・・横を向くと頭の横から覗く見覚えのある腕。
二人で眠る時はいつも腕枕をして貰っていた。女の子じゃないんだし、重いだろうと思って遠慮するのだが、『啓太なら全然重くない。それに俺がこうして居たいんだ。』と言って譲らなかった。
和希の顔を近くでよく見たくって身動ぎをしたら起こしてしまったようだ。
「ん・・・?啓太、起きたのか?」
数日前に喧嘩したことなどまるで嘘のように、和希が話し掛けてくれる。
言いたいことや聞きたい事は沢山有ったのに、言葉にならなくてただ和希に抱きついた。

「一体どうしたんだ?」
子供が駄々をこねるように、和希の服を握り締めて離さない俺の頭を撫でながら、優しい声が問い掛ける。
堰を切ったように涙が後から溢れ出て、言葉が上手く繋がらなかった。
「和希、ごめ・・。」
「もういいよ。啓太の言いたい事は判ってるから。俺こそごめんな。」
違うのだ。和希は悪くない。悪いのは自分だと言いたいのに口を開けば嗚咽ばかりが零れ落ちた。
「もういいんだよ、啓太。大丈夫だから。」
和希の唇が止まらない啓太の涙を吸い取るように頬や瞼に落とされるが、やがて啄ばむようなものから舌を絡めるような激しいものに変わっていき・・・いつしか啓太の唇から漏れるのは熱い喘ぎだけになっていった。

 

二人一緒に極めた後は身体が少しだるいけれど、甘い雰囲気が部屋の中に漂っていて、啓太はこの空気が嫌いではなかった。
和希の腕に頭を預けると、残った方の手で和希が優しく髪を梳きながら話し掛けてくれる。
「もう落ち着いたか?」
僅か三日間だけれど離れていた二人の距離と気持ちを埋めるように抱き合って、今は気持ちも・・・そして身体の方もすっかり落ち着いていた。
あれほど和希が見合いをする事を嫌った啓太だったが、今はそれも仕方ないと諦めていた。
週末の予定は繰り越せばいい。だって和希が永遠に自分の前から居なくなってしまう訳ではないのだから。

「和希のお見合いの件だけど、」
啓太が次の言葉を続ける前に、それを遮って和希が告げる。
「その件ならもう良くなったから。キッパリ断ったよ。」
「え?だって。」
仕事の関係でどうしても断れないと言っていたのに、大丈夫なのだろうか?
「啓太を泣かせる訳にはいかないからな。ちゃんと断ったよ。だから明日は予定ないから一緒に出掛けられるぞ。」
あっさりと言い切って、和希が身を起こし啓太の瞳を上から覗き込む。重ねられた身体の重みが心地よい。
「一昨日喧嘩した後に急な仕事で出掛けることになってさ、出掛けた後にお前に何も言ってなかったって気がついたんだけどな。まぁいいかと思って放っておいたんだよ。
まさか啓太がこんなに心配するなんて思わなかったからな。
ごめんな。もしかして俺のこと探した?」
まだ何も言ってないのに啓太の気持ちを読み取ったかのように、和希が経緯を話してくれた。
「探したよ。でもどうして和希は、俺が何も言わないのにそんな事知ってるんだ?」
「そりゃ、恋人だからな。大事な人のことは離れてたって判るんだよ。」
本当は西園寺のところで啓太の話を聞いていたからなのだが、そんな事はおくびにも出さずに『俺って凄いだろう?』と和希が偉そうにポーズをつける。
また啓太も疑いもせずに和希のいう事を信じてしまうのだが・・。

「もう啓太のこと泣かせるような事はしないから。」
「嘘ばっかり。」
「俺がいつ嘘ついたんだよ。今まで啓太とした約束は全部守ってるだろう?」
それは確かにそうだ。
小さい頃に交わした約束も、再び出会ってからの約束も全部守ってくれている。考えてみると和希はかなり優秀で頼もしい恋人かも知れない。
でも・・・啓太にはナイショだけど、本当はかなり嘘付きでズルイ恋人だ。
今日だって啓太には黙っているけれど、一部始終を覗いていた訳だし、啓太を泣かせないというのもかなり怪しい。本心では、いつだって可愛い啓太の色っぽい泣き顔を独り占めしたいと思っているのだから。
さっきだって散々恥かしいことをして啓太を泣かせたばかりだ。

「だから、啓太は俺のことだけ見てればいいんだよ。俺は絶対啓太の手を離さないから。」
「うん、和希のこと信じてるよ。大好きだよ、和希。」
「そんな可愛い事言ってると、また泣かせるぞ。」
「あっ、嘘つきだぞ。さっきもう泣かせないって言ったクセにっ。」
「それとコレは別だろう?」
さっき言った舌の根も乾かないうちから、怪しくなってきた雲行きに、焦った啓太が逃げ出そうと身動ぎをする。
だが、しっかりと和希の腕に抱きかかえられた状態ではどうしようもなかった。
重なった和希の身体がもう既に熱くなっているのが判る。
この状態になったら、啓太がいくら可愛くお願いしても、もう止めてはくれないだろう。
むしろ可愛くお願いなんてしようものなら、逆効果になること間違いなしだ。
どうしよう・・・。悩む啓太に嘘つきな唇が追い討ちをかける。
「そんな可愛い顔されたら、もう止められないだろう?啓太のせいだからなっ。」
『勝手なこと言うなよ。』というつもりだった啓太の言葉は、和希の唇に吸い取られて、そして消えた。

 

Fin.

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Nov.23 ezochan
毎度、毎度いちゃいちゃ(爆)
まぁウチの二人組みはいつでもラブラブってコトで♪

 

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